鳥の海
横手市の所在する横手盆地が大昔は広大な湖であったが、湖水を日本海へ流し出す干拓をおこなって広い農地を得たという経緯を述べている。
人々が地上に暮らすようになって間もない頃の河辺郡、仙北郡、平鹿郡、雄勝郡は、「鳥の海」と呼ばれる広い湖であった。
あるとき塩釜から、塩釜神社に祀られた塩釜大明神の子孫、明永長者、明保長者という2人の兄弟がやって来た。
兄の明永長者が病に倒れたため、2人は近隣の民家に助けを求めた。
その家の娘の献身的な看護のおかげで明永長者は快復した。
2人はその家の主人に誘われて船で湖へ出た。
湖面の向こうにそびえる鳥海山、背後の御嶽山の森などに見とれるうち、水戸付近の谷間から湖水が流れ出ているのを見つけた。
ここを切り水を捌けば広い平野が得られると明永長者は考え、明保長者も頷いた。
主人は驚いていたが、2人は彼の娘にお礼の小袖を置いてその家を去った。
人々が地上に暮らすようになって間もない頃の河辺郡、仙北郡、平鹿郡、雄勝郡は、「鳥の海」と呼ばれる広い湖であった。
あるとき塩釜から、塩釜神社に祀られた塩釜大明神の子孫、明永長者、明保長者という2人の兄弟がやって来た。
兄の明永長者が病に倒れたため、2人は近隣の民家に助けを求めた。
その家の娘の献身的な看護のおかげで明永長者は快復した。
2人はその家の主人に誘われて船で湖へ出た。
湖面の向こうにそびえる鳥海山、背後の御嶽山の森などに見とれるうち、水戸付近の谷間から湖水が流れ出ているのを見つけた。
ここを切り水を捌けば広い平野が得られると明永長者は考え、明保長者も頷いた。
主人は驚いていたが、2人は彼の娘にお礼の小袖を置いてその家を去った。
update:2010年03月05日
